だれもが、生きづらさを感じずにいられる社会
Watanabe.Y
天才たちの未来予測図 高橋弘樹 編著マガジンハウス新書
資本主義は、民主主義は、日本社会は、どう“変調”していくのか?
本の裏表紙に書いてあったコピーに惹かれて読んでみました。
変調というと、電信・電話・テレビなどの搬送波の振幅・周波数・パルスや位相を信号波で変化させることを思い浮かべるかと思いますが、
わたしの場合は、音楽でいうところの、転調や移調が思い浮かびました。
転調や移調にはルールがあるんですよね。
だから、変調にもなにかルールがあって、いいことを導く変調とそうではない変調があるとイメージします。
この本には、4人の天才がでてきて、これからの世界と日本がどうなっていくのかを最先端の知見で論じています。
わたしがとてもおもしろく感じ、共感したのは、斎藤幸平氏。
資本主義下で、格差と環境問題が深刻化する世界に警鐘を鳴らし
「脱成長」経済を実現させていくことで
本当の豊かさを手に入れるよう説いています。
以下、本文引用です。
「今の社会は、特定の能力の得意、不得意がそのまま金銭的な成長や失敗に直結してしまう。
そういう社会というのは非常にわかりやすいけれど残酷でもあります。『自分の能力に応じて、他の人に与え、必要に応じてみんなから受け取る社会』
この相互扶助の原理を、マルクスは「コミュニズム」と呼びました。
人間みな得意、不得意があるのだから、歌が得意は人は歌えばいいし、代わりに苦手なことは他の人がやってあげればいいわけです。
歌が得意な人は全然給料をもらえないというような社会にしなくても、金銭の大小をそこまで過激にせずに、一人ひとりが自分らしい能力で貢献できるような社会というのがあり得るのではないか。
マルクスはそう考えていたのです。とても平和的ですよね。
でも、「お金」という指標があまりにも強く、わかりやすいものだから「コミュニズム」は実現していない。
お金という数値で測ることを過剰に意識した社会は、数値化できないものを犠牲にしてしまうシステムでもあります。
わたしたちが今の社会で生きづらさを感じているのは、数値化できないけれど、本当は大事なもの、自然や人間としての優しさ、ケアの精神などをないがしろにしているからではないでしょうか。」
変調を考えるとき、もし自分が変調を起こせるなら
自分のまわりのだれもが、生きづらさを感じずにいられる社会にしていきたいと思うのです。